研究内容

安心安全に電気を使える環境づくりの技術を探求する

パワーエレクトロニクス(パワエレ)分野におけるEMC設計技術を研究しています。近年、車両の電動化・自動運転化やIoTの発展により、パワエレ分野でのEMC設計技術の重要性はさらに高まっています。勘に頼った試行錯誤に基づく従来のEMC対策ではなく、よりスマートなEMC設計技術を確立するために、実験と計算機シミュレーションの両面から研究を進めています。特に優れた構造を計算機で自動的に導出する方法であるトポロジー最適化の応用研究もさかんに進めています。

研究テーマ

パワーエレクトロニクスにおけるEMCに関連するテーマ

電力変換器用ノイズフィルタの高精度シミュレーション技術
コモンモードチョークコイルの高精度SPICEモデル作成技術
インピーダンスバランス法による電力変換器のノイズ低減技術


トポロジー最適化に関連するテーマ

プリント回路基板における導体パターンの最適化技術
パワーデバイスの最適化技術
自己組織化現象と機械学習を応用した最適化技術


用語解説

パワーエレクトロニクス

いったい何?

電圧・電流・周波数などの電気特性を、少ない電力損失で変換するための技術の総称です。


なぜ必要?

例えばスマートフォンの充電に必要です。コンセントから届けられる交流100Vの電力を直接スマートフォンに供給するとスマートフォンが壊れます。ですので電力変換器である充電器によって交流を直流に変換(つまり整流)し、さらに直流電圧を例えば5Vに落とす(つまり降圧する)ことで、スマートフォンの電池を充電できるようになります。

またハイブリッドカーや電気自動車を動かすためにも必要です。これらの自動車では、化石燃料を燃やして動くガソリンエンジンではなく、電気エネルギーを回転エネルギーに変えることで動くモータを使うことで、エンジン車に比べ圧倒的な省エネを実現しています。しかし直流モータで動くミニ四駆と違い、動力用の車載モータには交流モータが使われているため、直流しか出せない電池を直接接続しても動くことができません。そこで電力変換器であるインバータによって直流を交流に変換し、さらに交流の周波数を適切に制御することで、スピードを自在に変えて走ることができるようになります。

ここに挙げた事例はほんの一部で、パワーエレクトロニクスは様々な用途で使われており、われわれの生活に不可欠な技術です。


どうやって実現する?

基本的には、能動素子であるパワーデバイスと、受動素子であるコンデンサ・インダクタ・トランスを組み合わせて回路を構成し、パワーデバイスを適切に制御することで実現されます。制御とはパワーデバイスのオンとオフを適切に切り替えることを指します。この切り替え(つまりスイッチング)の際に、原理的にどうしても電磁ノイズが発生してしまいます。またスイッチングは高速であるほど省エネになり、高周波であるほど受動部品の小型化を実現できますが、一方で電磁ノイズが増加してしまうため、以下で述べるEMC設計技術が非常に重要となります。



EMC(Electromagnetic compatibility、電磁両立性)

いったい何?

ノイズを出しすぎず、またノイズによる影響を過度に受けない、いわばノイズの観点で攻撃力が低くて防御力が高いという状態の両立を指します。なおここでのノイズは「電磁ノイズ」であり「音響ノイズ」ではありません。


なぜ必要?

通信機器の電磁障害や電子機器の誤動作を防ぐためです。例えばWiFiやBluetoothなどの無線通信では電波を利用していますが、近くの電子機器がノイズ電波を出しすぎると、通信の電磁障害が起きてしまいます。電磁ノイズを音響ノイズに置き換えると、工事現場の近くでは会話ができないことと同じです。また電子機器がノイズによる影響を受けやすいと、他の機器が動作した際に生じるわずかなノイズによって誤動作をしてしまう可能性があります。足場が不安定だとうまく動けないことと似ています。

そこで電子機器を販売する前にはいろいろなノイズ試験を行い、試験に合格しないと売ってはいけないというルールになっています。このようなルールがあるので安心安全に電子機器を使うことができ、一般の消費者の方々がノイズに関するトラブルを目の当たりにする機会は少ないです。とはいえ、ノイズに関するトラブルをゼロにすることは困難であり、例えば自動車におけるノイズトラブルによるリコール事例が最近でも報告されています。


どうやって実現する?

ノイズには大別して伝導ノイズと放射ノイズという2種類があり、それに応じて実現方法が異なります。

伝導ノイズによる影響を抑えるためには、ノイズを通しにくくする「チョーク」と、ノイズを通して逃がす「バイパス」の組み合わせが重要になります。チョークスリーパーのチョーク、バイパス道路やバイパス手術のバイパスです。チョークには高周波ノイズを通しにくく低周波の電力をよく通すインダクタが、バイパスにはその逆の特性をもつコンデンサが一般的に用いられます。放射ノイズによる影響を抑えるためには、ここでは詳細は割愛しますが、シールド、ループ面積の低減、ツイストペア化などが一般的に重要になります。

ノイズには上記の伝導・放射という観点に加え、時間領域・周波数領域、ノーマルモード・コモンモード、発生・伝搬・放射(あるいは観測)、信号・電力といったいろいろな観点があり、それぞれに応じて適切なアプローチが異なります。またノイズは一般的に高周波であり、また対象周波数がGHz・MHz・kHzと非常に広く、同じMHzでも1MHzと100MHzで波長が100倍違うので、EMCを実現するための要点が大きく異なります。これがEMCの難しいところであり、また奥深く面白いところでもあります。多様な病状が存在する医療の世界に似ていると思います。また病気が起こってからの事後対策(例えば大手術)ではなく、病気を起こさないための事前設計(例えば生活習慣)が健康的なものづくりのためには重要だという点でも、EMCと医療には通じるところがあると感じます。そしてどのような病気でも適切な処方を下してくれる「名医」の確立を目指して、以下で述べる「トポロジー最適化」を援用したEMC設計方法について研究を進めています。


トポロジー最適化

いったい何?

性能がより良くなるように繰り返し構造を変化させて最適構造を求める「構造最適化」の一方法です。「対象構造に穴が空く」というトポロジーの変化が起きうる特徴をもつことが名称の由来であり、数学のトポロジーを使うわけではありません。


なぜ必要?

設計の助けになるからです。「設計」とは要求された機能を実現するための案を具体化することを指します。設計ツールとしてコンピュータシミュレーションが広く活用されていますが、構造から性能を予測することはできるものの、要求性能を満たす構造を得るための試行錯誤は依然として必要です。そこで性能が良くなる構造を逆に求めることができる構造最適化を活用すれば、そのような試行錯誤から脱却できる可能性があり、構造最適化の方法の中でも設計自由度が最も高いトポロジー最適化は有望であるといえます。


どうやって実現する?

設計問題を材料分布の最適化問題とみなし、数学的に解くことで実現します。具体的には、コンピュータにおいて、設計したい領域を細かく区切ってできる多数の小領域の材料の状態を調整することで、より優れた構造を導出します。このアプローチにより、ディスプレイが多数のピクセルにおける光の三原色の輝度を調整することであらゆる画像を表現できるように、あらゆる構造を表現できる高い設計自由度をもつという特徴が得られます。

トポロジー最適化は構造設計分野において提案された方法ですが、その方法論は電気電子分野など他の分野においても適用可能です。当研究室ではEMC設計のためのトポロジー最適化に関する研究のみでなく、パワーデバイス設計やその他のフィジックスへの応用研究も進めています。

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