研究内容

 

私たちの研究室では、理論計算や大規模数値計算によって、新機能の光・電子デバイスの設計を行っています。また、新しい物性を理論的に探索・予測することで、新機能物質の設計に取り組んでいます。研究対象は、半導体、磁性材料、光学材料、超伝導体などはもちろん、フォトニック結晶など幅広くカバーしています。物質のサイズがナノスケールになると、量子的な閉じ込め効果や表面・界面の影響が、ナノスケール物質 そのもの物性を支配します。そのため、マクロな大きなをもつ物質とは本質的に異なった、特異な電子物性が実現します。 さらに私たちの研究室では、これらナノスケール材料に特有の電子物性を利用した、新しい原理・概念に基づく電子デバイスなどへ の応用可能性の理論提案を行っています。最近では、機械学習などの情報の分野や数学の分野であるトポロジーの概念など様々な分野から物理的問題へとアプローチを試み、新たな発見を常に目指して研究をしています。 本研究室の特色の一つとして、国内外の多くの大学や研究所との多くの共同研究ネットワークを活かしながら、最先端の理論研究を活発に展開しています。

 

原子膜・二次元物質の物性物理

原子層物質とは、グラフェン(炭素原子だけからなる一原子分の厚みしかもたないシート)などの一原子層分の厚みしかもたない究極的に薄い物質のことです。これらの物質では、従来の半導体物理学では記述できない物理現象が数多くあることが分かってきています。たとえば、グラフェン中の電子の運動を記述する基礎方程式はシュレーディンガー方程式ではなく、ワイル方程式で記述されるため、クライントンネル現象、負の屈折率など新しい量子効果が期待されています。さらに、ナノスケールの世界では、表面やエッジの効果が電子物性に強い影響を与えることが分かっており、そこではマクロな世界では現れない特異な磁性や電子伝導特性が現れます。このため、従来のデバイス物理理論を単純に使うことはできず、それらを書き換えていく必要があります。本研究室では、原子膜物質を電子デバイスへ応用するための基礎理論の開発を行うとともに、新機能の設計や探索をおこなっています。

 

グラフェンにおけるディラック電子

近年、私たちの研究室では、炭素原子からなる新しい材料であるグラフェン、およびそこでのナノスケール効果に 着目して研究を進めています。グラフェンとは、炭素原子が蜂の巣格子状を組んだ、一原子膜のことです(図1)。

 

グラフェンの格子構造

図1: グラフェンの格子構造

 

このグラフェン・シートを複数枚集めて、層状にしたものが、グラファイト(黒鉛)である。これは実に身近な物質で、 グラファイトは、鉛筆の芯の原材料や吸着剤・脱臭剤などとして、我々の身近にあふれています。 けれども、グラファイトから一原子層のグラフェン一層のみを単離し、その電子物性を実験的に測定したり、ましてや、電子デバイスを作製したりすることは不可能であると、考えられてきました。
しかし、2004年に英国マンチェスター大学のノボセロフ (K. S. Novoselov) とガイム (A. K. Geim) は、スコッチ・テープを使って、グラファイトからグラフェン数層の薄膜をシリコン基盤上に移し取り、電子輸送特性の実験に成功しました。さらに翌年、 ディラック電子系に由来する半整数量子ホール効果測定の実験結果を示すことで、同手法によってグラフェン一層が確かに単離できることを実証しました。この実験が発端となり、世界的にグラフェンに関する研究が爆発的な勢いで進められています。
グラフェンの特殊性は、蜂の巣構造に由来する特異な電子構造にあります。物質の様々特性を支配するフェルミ準位近傍の 電子状態が、グラフェンの場合には、電子の運動は質量ゼロ形式のディラック方程式で記述されます。 その結果、波数(k)とエネルギー(E)は線形な関係をもち、グラフェンの中の電子は、有効質量がゼロの相対論的粒子として振る舞うことになります。 このことは、同じ2次元系でも、半導体界面で実現される2次元電子ガスとは、全く異なります。 2次元電子ガスでは、電子の運動はシュレーディンガー方程式に記述されるため、エネルギー(E)は運動量(p)の二乗となり、電子は有効質量(m)をもちます。

図2: グラフェンにおけるエネルギーと波数の分散関係、および状態密度。

図2: グラフェンにおけるエネルギーと波数の分散関係、および状態密度。

 

グラフェン中の電子の特徴の一つは、不純物などからの散乱を受けにくく、非常に高い電子移動度を示すことにあります。 実際にグラフェンの電子移動度は、10万cm2/Vsを超えることが実験的に報告されています。 また、一原子層であることから、光の吸収率が約2.3%に留まり、ほぼ透明な材料である。この性質に着目し、2010年夏には、成均館大学のホン (B.H.Hong) 教授らが、グラフェンによる透明電極の開発にも成功しています。今後、タッチパネルや太陽電池への応用が期待されています。また、高い移動度を持つことから、電界効果トランジスタや高周波デバイス、集積回路内部の配線材料などとしての応用も考えられています。

グラフェンのナノスケール効果・エッジ効果

グラフェンの魅力は、一原子層薄膜であることに留まりません。 強いナノスケール効果やエッジ形状効果によって、電子状態が大きく変化し、 磁気的性質や電気的性質が大きく変化することを、藤田光孝博士と若林らが1990年代に理論的に指摘しました。
グラフェンを切りとったときできる端の形状を考えると、切り取る角度の違いによって、に 示すアームチェア型のエッジと、に示すジグザグ型のエッジという2種類があります。
アームチェア端で切り出すと、電子状態は、グラフェンのディラックコーンに由来した線形分散関係が表れ、 電子状態に大きな異常は現れません。 一方、ジグザグ端があると、グラフェンにはない平坦なバンドが現れます。このバンドの起源は、電子の波動関数(電荷密度)が、ジグザグ端に局在した状態です(「エッジ状態」)。その結果、ジグザグ端近傍では、電子の状態密度は発散しており、フェルミ準位近傍の電子状態に大きな影響を与えることになります。

図3: (a) アームチェア端と (b) ジグザグ端の結晶構造。端の炭素原子は水素(白丸)で終端されている。 (c) アームチェア端近傍および、(d) ジグザグ端近傍でのエネルギーと波数の分散関係、および状態密度。 但し、(e)、(f)に関しては、ナノリボンに関する計算結果で示してある。

図3: (a) アームチェア端と (b) ジグザグ端の結晶構造。端の炭素原子は水素(白丸)で終端されている。 (c) アームチェア端近傍および、(d) ジグザグ端近傍でのエネルギーと波数の分散関係、および状態密度。 但し、(e)、(f)に関しては、ナノリボンに関する計算結果で示してある。

 

これは、グラフェンの状態密度がフェルミ準位でゼロであったことを思い出せば、劇的な変化といえるものです。特に、系のサイズが数十ナノメートル程度のナノグラフェンでは、エッジ状態の存在が、電子物性に大きな影響を与えると期待されます。 エッジ状態は、走査トンネル顕微鏡(STM)および走査トンネル分光(STS)を用いた実験によって、確認されています。
エッジ状態に由来する特異な電子物性の一つとして、ジグザグ端のエッジ状態に起因する磁気異常があります。 電子間相互作用によって、エッジ状態は磁気的不安定を持ちやすく、ジグザグエッジ近傍にスピン分極、 つまり磁性がおきることが藤田・若林によって理論的に指摘されました。

図4: (a) ジグザグナノリボンのスピン密度の空間分布。 (b) その場合での、エネルギー分散関係と状態密度。

図4: (a) ジグザグナノリボンのスピン密度の空間分布。 (b) その場合での、エネルギー分散関係と状態密度。

 

図4(a)は、ジグザグ端をもつナノリボンでのスピン密度の空間分布です。上端では上向きスピン、下端では下向きスピンが分極している様子を示しています。またそのときには、平坦バンドには、電子間相互作用によるエネルギーバンドギャップが、数十meV程度開き、状態密度のピークも分裂を起こします。最近米国のグループが、ナノチューブをから作製したナノリボンについて、走査トンネル顕微鏡(STM)および走査トンネル分光(STS)の精密測定を行いました。そして、エッジ状態の直接的な観察を行うと共に、低温でのエッジ状態のピーク分裂が起きることを実験的に観測に成功しました。 また、分裂の大きさは、磁気分極によるものとほぼ一致していることも報告されており、今後より直接的な実験が期待されています。
ナノマテリアルの物性は、実に多種・多様性です。また、以前には、まったく実現不可能であると考えられてきたことが、技術の進歩と共に、少しずつではあるが、しかし着実に可能になってきています。多種多様な性質から、ピンポイントで特定の物性を制御することは、まだまだ難しいことです。しかし、多様な物性発現こそがナノサイエンスの面白さだともいえます。 ナノサイエンスにおける新たな発見を、私たちは常に目指して研究をしています。

回転積層グラフェンにおけるモアレ構造と新物性

二枚のグラフェンを少し回転させた状態で積層した系をtwisted bilayer graphene(TBG)と呼びます。二枚のグラフェンの相対角度θが数度以下の場合には、結晶構造に長周期のモアレパターンが現れ、系の電子状態が大きく変調を受けます。特に、角度が1.1°付近は魔法角と呼ばれており、フェルミエネルギー付近のバンド分散が平坦になることが知られています。2018年には、この魔法角付近のTBGにおいて超伝導状態が観測されました。しかし、この現象の起源はまだ明らかになっていません。同じグラフェンを角度をずらして重ねるだけで、単層グラフェンの電子状態とは全く異なる電子状態を示すことから、物理的にはとても興味深く、現在ホットな分野です。 本研究室では、回転積層グラフェンの電子状態について、海外の研究機関と連携をはかりながら、解析をおこなっています。

フォトニック結晶の機能設計と光制御

フォトニック結晶とは、屈折率の異なる物質を周期的に並べた人工結晶です。光(電磁波)は空気中を自在に伝搬しますが、フォトニック結晶では、光を局所的に閉じ込めたり、直角に曲げたりすることができます。閉じ込めた光を増幅させることで、レーザーの光源にすることができます。光の伝搬を制御することで、光通信や光コンピューターなどへの応用も期待されています。本研究室では、数学の一分野であるトポロジーの考え方を用いて、高効率の光導波路や、光の閉じ込め状態を実現するフォトニックデバイスの理論的な設計と解析を行っています。

以下には、Zak位相の考え方によって、設計したトポロジカルフォトニック結晶における電磁波のエッジ伝搬の動画を掲載しています。

トポロジカルフォトニック結晶におけるエッジモード電磁波の伝搬

第一原理計算による物質設計と物性予測

物質の電気特性や光学特性、磁気特性などの様々な物性は、物質を構成する原子、結晶構造によって支配されます。また、たとえ未知の物質であっても、電子状態が分かれば、その物性を予測することが可能です。本研究室では、新しい物性や機能を有する新奇物質の探索と設計を、密度汎関数理論に基づく第一原理計算によって行っています。第一原理計算では、実験データや経験的パラメーターを一切用いずに、物質内部の電子状態を知ることができるだけでなく、非常に精密な物性予測が可能です。最近は、様々な原子膜物質の電子状態計算、ラマン分光解析、熱伝導解析などを行うとともに、解析データを国内外の実験グループへ提供しています。

 

 

物性の電磁場応答解析

電磁場を、物質に印加すると、特にナノスケール材料の電子物性は大きな変調を受ける。  若林研究室では、原子膜材料に円偏光電磁場照射による電子状態制御や、新しい電磁場応答現象の解析と理論提案を行っている。

 

 

 

研究紹介記事

私たちの研究内容は、下記のようなところでも紹介されております。

[ニュース記事] 原子層厚さでの強誘電特性を実証 ~メモリやナノ発電実現へ新たな道を開拓~

[新聞報道] 日刊工業新聞(2019年4月2日付)
[ニュース記事] 若林克法・理工学部先進エネルギーナノ工学科教授が日本学術振興会賞を受賞

 

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